Save the BEYOND:氷河のない世界 
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急激に減少を続ける地球上の氷河。その重要性と想像を超える現実とは。

INTRODUCTION

現在、地球上には20万以上の氷河が存在する。しかし、気温の上昇とともに氷河は急激に縮小し、気候変動を知るうえで重要な指標となっている。


氷河は大量の飲料水の貯蔵庫であるとともに、大気を冷却する役割を果たすなど、人類に多くの恩恵をもたらしている。


もし地球上の氷河がすべて溶けると、海面は約70m上昇し、何百万という人々が住む場所を失い、水の供給が途絶え、気候はさらに不安定になると言われている。人類は、氷河が存在しない世界に向かっているのだろうか。
そして、氷河とは私たちにとってどれだけ重要なのだろうか。


THE STORIES

今回私たちは、世界的なアイスクライマーでもある冒険家のウィル・ガッドや、氷河科学者で高地登山家のアリソン・クリスティキーロ博士、そして世界中の山々を登る山岳ガイドでありアドベンチャー企業のオーナーでもあるセバスチャン・ルージュレと出会い、なぜ氷河が重要なのか、氷河のリアルな現状や急激な減少による様々な影響とは、そして氷河の融解を食い止めるためにわたしたちは何をすべきかについて話を聞き、実際に各地の氷河へ向かった。

■WILL GADD (ウィル・ガッド)
アイスクライマー / パラグライダー・パイロット/冒険家

キリマンジャロやグリーンランドの氷河に気候変動がもたらした痕跡を目の当たりにして以来、冒険家ウィル・ガッドにとって、気候変動は個人的な問題となった。


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“キリマンジャロ山頂の氷河は驚くべき速度で消失している。”


ベテラン冒険家のウィルは、カナダ西部の都市カルガリーで子供時代を過ごした。毎週末、両親に連れられロッキー山脈のキャンモアに訪れ、ハイキングや登山、探検を楽しんだという。「幼い頃から、厳しい環境の中でもいかに暖かく、濡れずに、快適に過ごすかを学びました。少年時代に自然の中でサバイバルの基本を学べたことは、とても幸運でした」とウィルは言う。ウィルは幼少期の経験を生かし、その後アイスクライマー、パラグライダー・パイロット、カヤッカーとして素晴らしいキャリアを築く。ナイアガラの滝のアイスクライミングや、パラグライダーの飛行距離世界記録を2度更新するなど、世界記録や世界初の記録をいくつも持っている。


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しかしここ数年、56歳のウィルは、彼の愛する世界に気候変動が与える影響を無視できなくなったと語る。きっかけは2014年、アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ山頂の氷河に訪れた時だった。ウィルはその光景に大きなショックを受けたのだ。


「私が持っていた地図よりも、明らかに山頂の氷が少なくなっていたのです。例えるなら、ピラミッドを見学しようとエジプトに行ったら、石がほんの数個しかなかったようなものです。キリマンジャロ山頂の氷河は何千年もの間ずっと変わらない状態でそこにあったはずなのに、ここ数年驚くべき速度で消失しています。同じことがヒマラヤ、アンデス、アルプスなど、世界中の山脈の氷河で起きています。キリマンジャロの風景を見て、あらためてその深刻さを実感しました」


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“子供の頃、氷河は巨大すぎてほとんど変化しないと信じていた。”


子供の頃のウィルは、氷河は巨大すぎて人類の時間のスケールではほとんど変化しないと信じていた。しかし、近年の気候変動のためにこの認識は完全に覆された。「氷河では以前にも変化は起きていました。でも今起きている変化のスピードは非常に速く、すでに大気中には温室効果ガスが大量に存在しているため、私たちが生きている間に急激な変化が起きるでしょう。氷河は、その変化を目に見える形で警告しているのです」


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“過去は、終わったこと。未来は、可能性そのもの。”


数々の冒険の中でいちばん素晴らしかった体験を聞いたところ、ウィルは持ち前の前向きさと、ブレることのない信念でこう答えた。「私にとって、何よりも大切なのは未来です。新しいスキルを学び、斬新なアイデアを思いつき、これ以上はないくらいクールで面白い冒険をする。これが私の原動力なんです。過去は未来につながる重要なことだとわかっていますが、すでに終わったことです。でも、未来は、可能性そのものなのです」

■Dr.Alison Criscitiello(アリソン・クリスキティーロ博士)
氷河(アイスコア)科学者/高地登山家/ナショナル ジオグラフィック エクスプローラー

幼少期の氷河との出会いをきっかけに、アリソン・クリスキティーロは氷河(アイスコア)学者に、そして高地を中心とした山岳探検家になった。その後、科学と冒険という二つの領域をつなぐことで、彼女は気候変動と生態系における氷河の役割を強く意識しはじめ、多くの研究を続けている。


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“氷河の運命と人類の運命は密接に結びついています。”


氷河学者のアリソン・クリスキティーロ博士が初めて氷河を見たのは、11歳の時、モンタナへの家族旅行の時だった。「理科の授業で氷河の存在を知った時から、私はすでに氷河に夢中でした。ボストンで育った私には、私が住んでいるのと同じ地球にこんなものが存在することが信じられなかったのです」。氷河との出会いはもちろん、その素晴らしくも壊れやすい氷河が、温暖化の影響をすでに受けていたことにも衝撃を受けたという。「子供ながらにも、氷河に儚い運命を感じていました」とアリソンは振り返る。


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一部の氷河が驚くべきペースで溶けていることは、地球が極度のストレスを受けているシグナルだとアリソンは感じている。氷河の運命と人類の運命は、密接に結びついている。アリソンは、「氷河は、下流環境に水を供給したり、現地の気温を調節する役割を果たすなど、生態系に大きな影響をおよぼしているのです」と語る。例えば、下流地域に住む人々の「給水塔(水源)」でもある氷河の融解は、飲料水不足などの直接的な被害をもたらす可能性があるのだ。


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彼女の登山家としての功績は、2010年にインド・ヒマラヤのリングサルモ山(6,995m)を女性だけで初登頂したことや、2015年にタジキスタン、アフガニスタン、中国、キルギスタンと国境を接するパミール山脈東部を女性だけでスキーで横断し、国境警備の強化が動物に与える影響を調査した「ボーダースキー(彼女が実施した探検の名称)」など多数。2022年にカナダ最高峰のローガン山(5,959m)に登頂した際には、クルーのうち3名が高山病になり引き返す状況となったため、残りのメンバーだけで荒涼とした山頂の高原地帯で採掘をしなくてはならないという困難な状況にもかかわらず、アリソンと残りのメンバーは、327mという記録的な深さからアイスコアを採掘し、3万年分の気候史の記録を持ち帰ることに成功した。


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“若い女性に自信をもってもらうために。”


高地での冒険がどれほど力を与えてくれるのかを知っていたアリソンは、2人のカナダ人女性とともに、2018年にガールズ・オン・アイス・カナダ(GOIC)を設立した。GOICは、カナダの若い女性に自信をつけさせ、地球科学や原生地帯の管理を担う未来の賛同者(アドボケイト)を育てることを目的に、ブリティッシュ・コロンビア州、ユーコン州、クートニーなどさまざまな地域へ遠征している。アリソンはこの活動について、「GOICは、すべての州および準州、特に北部の先住民や少数民族に手を差し伸べることを目指しています。こういった活動に接する機会が限られているカナダの僻地に住む若い女性の力になりたいのです」と熱く語る。


“氷河の消失は私たちの問題。行動を起こさなくてはいけません。”


次世代に氷河を残すためには、人類も同じように長く厳しい道のりを歩まなくてはいけない。温室効果ガスの排出量を削減すれば、氷河融解の速度を遅らせることができ、海面上昇を抑え、氷河や氷原の健全性を保つことができる。生涯をかけて携わってきた氷河への思いを、アリソンはこう締めくくる。「気候変動に対処するための行動を起こせば、氷河の消失を遅らせることができるはずなのです。これは政策レベルで実行されなければなりません。そうすることで、氷河によって生み出された、美しい風景、生活、文化、生物多様性を保護することができるのです」。

■Sébastien Rougegré(セバスチャン・ルージュレ)
山岳ガイド / シャモニー・エクスペリエンス代表

フランス北アルプスのシャモニーを拠点とするアドベンチャー企業の代表、セバスチャン・ルージュレは、気候変動が山々や観光業に与える影響を最前線で目撃してきた一人だ。


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“シャモニーは、アルピニズム発祥の地。”


その昔、モンブラン山地の麓にあるシャモニー渓谷にクラス農民たは、農作業がない時、ガイドとしてヨーロッパ中から訪れる観光客を近くの山に案内していた。1786年に西ヨーロッパ最高峰のモンブラン山が初登頂されると、シャモニーは19世紀の旅行者にとって定番の観光スポットとなった。1908年にはシャモニーの上にあるメール・ド・グラース氷河までケーブルカーが開通。そして1924年にはシャモニーで第1回冬季オリンピックが開催された。


「シャモニーは、間違いなく、アルピニズムそしてスキーアルピニズムの発祥の地です」と、セバスチャンは言う。「ちょっと見上げれば山があるのですから、いつでも行ける。これまで200年もの間、ここに暮らす人々は世界でもなかなか見られない自然を間近で楽しんできたのです」


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“この30〜40年の間に失われた氷の量は極めて異常です。”


その楽しみが今、脅威にさらされている。セバスチャンは13年に渡り山岳ガイド会社を経営しているが、不安定な天候のために仕事が難しくなる一方だと言う。「常に計画の変更を迫られます。夏に計画があったとしても、地球温暖化のせいで予定が変更になったり。昨冬は3ヵ月間まったく雪が降らず、超乾燥状態が続きました。そうかと思えば、1mもの積雪があった翌日から2日間も雨が降り続くこともありました」


気候変動の影響は、氷河に最も顕著に現れている。シャモニーから900m上部に位置する全長7kmにもおよぶメール・ド・グラース氷河(フランス語で「氷の海」の意)は、1908年にケーブル鉄道が開通した当時、この氷河は駅のホームとほぼ同じ高さにあった。しかし現在、氷河は当時より100mほど低くなっている。氷河が後退するにつれ、登山者が氷河にアクセスするために使うはしごが長くなっている。「私が16歳の頃から毎年、氷河の底部に行くためのはしごが延長され続けています。この30~40年の間に失われた氷の量は極めて異常です」とセバスチャンは語る。彼の会社のような山岳ガイド会社は、顧客をモンブラン山群の山小屋まで安全に連れて行くために、新しいはしごや橋を使って絶えず新規ルートを開拓しなければならない。


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セバスチャンは、自らの仕事の根底にある矛盾を自覚している。地球の裏側からシャモニーに飛行機で訪れる顧客のガイドを務めること自体が、山に害を及ぼしている温暖化の一因でもある二酸化炭素排出に関わってしまうからだ。「正直に言えば、私たち自身も問題なのです。何をすべきなのかを自問することが、すべての山岳ガイドにとって次の課題なのだと思います」と彼は言う。


セバスチャンは2つの解決策を考えている。まず、ガイドはメッセンジャーとして、地球温暖化の影響に関する深い知識を世界中から訪れる顧客に共有し、彼らが自然を楽しむだけでなく守るものだと考えるように働きかけること。2つめに、ガイドはより地元での仕事に専念すべきだということ。「私たちは今、顧客と一緒に旅をする最後の時代を生きています。もうすぐ、私たちは地元にとどまることになるでしょう。みんながいろいろな場所を訪れていた昔よりも、ローカルでのガイド活動が増えると思います」


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物事をシンプルに、そして地元に根ざしたものにすることは、結局のところ飛行機で来て飛行機で帰るというアプローチよりも、より豊かで充実した体験につながるのかもしれない。「大切なことは、山を知る人々やガイドとつながり、山小屋の世話をしている人と話をすることです。社会やSNSで話題になっていることよりも、もっと深い何かに目を向けて、そして行動してみてください」とセバスチャンは言う。



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